「人身取引」批判で見せたブッシュ政権の外交姿勢

ニュース・評論
アメリカ国務省から「人身取引」の批判を受けて、日本政府は12月7日に「人身取引対策行動計画」として閣議決定した。その内容は内閣官房のホームページ記されている。 以下、抜粋・・・・。
(3) 「興行」の在留資格・査証の見直し  
 ○ 在留資格「興行」に係る上陸許可基準の見直し・上陸審査及び在留審査の厳格化
「在留資格(興行)で入国してきた者、特にフィリピン政府が発行する芸能人証明書の所持により上陸許可基準を満たすとして入国したフィリピン人に芸能人としての能力がなく人身取引の被害者となる者が多くいると認められることから、・・・・・・・の基準を削除し、芸能人としての能力の有無について実質的な審査を行えるようにするとともに、その他の基準についても抜本的な見直しを行う。また、招へい業者や出演店舗が人身取引に関与することがないように、上陸審査・在留審査の厳格化を図る」
以上の通り、他国を名指しで上げるのは、国内法令の改正に際して異例であると思うのだが、このことで日比両国の関係業界が蜂の巣をつついたような状態になっていることは前述した通りである。果たして、国会会期末に滑り込むようにして閣議決定するほど、「人身取引」は愁眉の社会問題であるのか。また、日本政府が計画している人身取引対策は国連やILOで指摘している「人身取引」の防止策として的を射ているのか。

そもそも、「人身取引」とは国連に於ける2000年12月のパルモア議定書の中で「搾取を目的として、脅迫や、暴力その他の強要、誘拐、不正行為、偽装、権力乱用、他人の弱い立場を悪用、他人を支配できる人物への金銭や便宜の授受などの手段を用いて、人を募集し、移送・移動したり、かくまったり、受け入れることとしている。搾取には少なくとも、売春における搾取やその他の形態の性的搾取、強制労働や強制奉仕、奴隷制度や奴隷制度・隷属と同様の行為、あるいは臓器の摘出が含まれる」と定義されている。
パルモア議定書と比較しても、日本政府の対策「芸能人としての能力の有無について実質的な審査を行えるようにするとともに、その他の基準についても抜本的な見直しを行う」としている行動計画の一項がどうしても理解できない。あえて、理解しようとすれば、「日本に(興行)のビザで入国するフィリピン人芸能人の多くは、芸能能力が無いが故に人身取引(強制労働や売春)の被害者となっている」と成ってしまう。では、何故その様な被害者たちが数度の渡航を繰り返し、その数が年間8万人にも達しているのかに疑問が残る。被害者がいるという事は加害者がいるはずだが、その点への言及が無い。被害者に被害者意識が無いのと加害者の存在が見えないとなると、日比両国政府が売買春や強制労働に関して寛容であり是認しているか、両国民にその点での倫理観または社会良識が欠如しているしとしか理解できない文章である。

さて、日本政府の「人身取引」に対する対応だが、国連または国際機関から批判されたとしても、この様な早急な対応を図っただろうか。
6月17日に公表されたアメリカ国務省人身売買監視対策室の「2004年人身売買報告書」には「芸術、芸能ビザの悪用:多くの国で、芸術・芸能ビザが、人身売買被害者の移動と搾取を目的に取得されている。・・・・・・出身国と目的国の法律の下に認可された職業斡旋機関が、女性に対する詐欺行為と募集に主要な役割を果たすことが多い」
「例えば、日本が、2003年に5万5000件の芸能ビザをフィリピンの女性に発給したことが報告されている。これらの女性の多くが人身売買の犠牲になっていると思われる。関係当局は、この種のビザの発給要件を精査し、・・・・・・特別な審査手続きを実施すべきである。出国側では、女性を労働搾取や強制売春に誘い込むために人身売買業者が用いる策略に関して、芸能ビザ申請者に注意を呼びかけることを目的とした啓蒙活動を行う必要がある」更につけ加えて・・・・・・
「人身売買排除に向けた最低基準を満たすための重要な行動をとることを怠った国に対しては、否定的な評価が与えられる。このような評価を受けた国に対して、米国からの人道的支援以外の支援や非貿易関連の支援差し止めが誘発されることもあり得る」

何と独善的な且つ恫喝的な表現だろう。国連での承認を得ずにイラク戦争を始めた時のブッシュ大統領とネオコンの発言にそっくりである。更に日本政府の人身取引対策行動計画の記述が国務省の報告書の丸写しと言えるほど酷似してい点からも、明らかにブッシュ政権の外交上の恣意を読み取る事が出来る。
ブッシュ政権にとってはイラク戦争を米傀儡政権の樹立をもって終結していかない限り、中東に於けるアメリカのプレゼンスの低下のみならずブッシュ政権の政治基盤すら危うくなる。双子の赤字を抱えるアメリカにとってイラク戦争の長期化は軍事的にも財政的にも米国を疲弊させる。同盟国に軍事力ないし資金力の一部を是が非でも負担してもらわなければならない。しかし、世界の動静はブッシュ大統領が望み、同盟国に呼びかけてもそれに応じるほど単純ではない。
世界の動静を鳥瞰図を描いて眺めて見ると、国連を無視してまで一国専横を通してきたブッシュ政権による外交の限界と日本のアメリカ追随政策の危険性が見えてくる。

欧州に置いては、イラク問題を契機にEU加盟国間の立場の違い、米欧間の亀裂の存在が指摘されるようになった。冷戦期にはNATO体制の下に対ソ連で結束していた米欧加盟国もソ連崩壊と共にアメリカの欧州における軍事上のプレゼンスの低下、当初アメリカ、カナダと西欧10カ国で発足したNATOが東欧からの相次ぐ加盟で26カ国となるに従い各国間の利害の対立を内に抱えこむ事となった。アメリカ、イギリスのNATO軍の多国籍軍への参加要請に対しても、イラク政府軍及び治安組織の訓練をトルコで行うに止めた例からもそれが窺える。更に、ユーロによる通貨統合と経済統合、集団的安全保障体制の面でもアメリカとは一線を画したEU独自の動きがある。中東における石油資源、アフリカにおける権益に対しての取り組みも明らかにアメリカと異なるのは明白であるが、アメリカ、欧州を背後で操るユダヤ資本の動静がアメリカの対欧州外交の要と成っているように思う。ウクライナの大統領選挙でみせた世界最大の投機ファンドの総帥であり慈善家であるソロスの介入もその左証であろう。アメリカ及び西欧諸国がパレスチナ問題に強くコミット出来ないことも同様のように感じる。

ロシアは、ソ連崩壊(1991年12月)からの長い経済低迷から脱しつつ、「強いロシア」を標榜するプーチン大統領の磐石な政権基盤の下、EU拡大に伴う一定の懸案事項につき双方の合意を確認する共同声明を発表。5月末の露EU首脳会合では、ロシアのWTO加盟に関わる諸問題につき合意達成、議定書調印。また、ロシア政府は9月に京都議定書の批准法案を承認。国内にはチェチェン問題や新興財閥と政治腐敗などの問題を抱えながらも、この数年は経済面でも着実な回復を遂げている。中国とは、2001年7月に「中露善隣友好協力条約」を締結。04年10月のプーチン大統領の訪中では、領土問題の最終的解決、ロシアのWTO加盟に関する二国間交渉で成果をあげ、北朝鮮とは、金正日総書記と毎年会談を持つなど朝鮮半島情勢への関与を強める姿勢を示している。アメリカが国連をも無視した一国単独行動を取るのとは対照的に、国連を舞台とする国際協調とプーチン大統領の強力な指導力を背景とする首脳外交により中央アジアに於ける覇権の再構築を図っている。

中国は、12億の人口を擁する巨大国家として21世紀に入り世界経済及び政治の舞台に躍り出てきた。胡錦濤国家主席兼党総書記の下で、思想、私有財産制、人権の尊重を保障する憲法改正を行い、開放政策の下で驚異的な経済発展を遂げつつ、WTOにも加盟、先進工業国からは消費市場と共に生産基地として熱い視線が注がれている。日本の経済回復は小泉首相の構造改革より中国バブルによると言われる所以でもある。しかし、国内での都市と地方との経済格差、政治腐敗、インフレへの懸念など多くの不安定要素も抱えている。WTO加盟で欧米主導による国際的経済の枠組みのなかで一層の発展を遂げようとする中国だが、中国元の為替の再評価次第では国内経済はもとより国際通貨市場での火種を内包している。外交面では、台湾の独立を否定、アメリカ及び日本を牽制しながら経済発展の確保の為に全方位外交を展開、近隣諸国及び大国との良好な関係構築のみならず新興国・途上国との対話、ASEAN、APEC等の国際的な枠組みへの積極的な取り組みも見られる。

さて日本だが、バブル経済崩壊後、空白の90年代から21世紀に入りやっと長いトンネルの出口に差掛かったものの、出口の向こうに見える海外の状況は、中国の台頭と台湾めぐる軋轢、ロシアとは未解決の北方領土問題とシベリア開発、更に北朝鮮とは国交正常化交渉と拉致問題、その上、世界を分断分裂へ導きかねない第二次大戦後では最大の危険を宿すイラク戦争の去就。どれ一つ取っても日本単独の力では解決は望めない難題がひかえている。今日までの戦後日本の経済発展は米国の傘の下で達成されてきたことは事実であるが、経済、社会構造の変革を根底から迫る人口高齢化と減少と云う不可避の状況を目前に、国内では改革を提唱する小泉首相も外交の面では従来の保守政権がとってきた政策を踏襲、アメリカ追随外交に終始するのみである。ブッシュ大統領は小泉総理との個人的友好関係を最大限に利用して自身の窮地を回復する為に日本の憲法改変までも目論んでいるのではないだろうか。北朝鮮を悪の枢軸国にあげ6者協議では日本を支持しているものの、北朝鮮での緊張は日本をアメリカにつなぎ止めて置くのに都合が良い。ロシアも中国も同様に北朝鮮問題を外交上の駆け引きに利用するだろうから、日朝の国交正常化はイラク国民による政権の樹立と治安回復が達成されるまでは望めないのではないか。

フィリピンは、我々日本人の手で作成した鳥瞰図の中には描かれていない。 日比の貿易取引額は日本の輸出総額の3%に満たない事、海外在留邦人の数でも17位と低いからだろう。では、この時期に何故アメリカ国務省は日比両国を名指しで「人身取引」で非難したのだろうか。
アメリカにとってフィリピンは歴史上の経緯から特異な存在である。世界大戦中はマッカーサーの「 I shall return 」の名言の通り日米決戦の場となった。戦後は一貫して共産勢力に対する防波堤としてアメリカの極東及び東南アジアの要衝となった。特にベトナム戦争においてはマルコス独裁政権を支え、フィリピンに太平洋最大の軍事基地を置き多数のアメリカ軍人が駐留した。現在のフィリピンの経済的疲弊と政治腐敗、貧富の拡大と貧困問題の多くはマルコスの長期政権の下で醸成されたといって過言ではない。現在800万人を上回ると言われるフィリピン人海外労働者の派遣制度が出来たのもマルコス政権2期目の失業問題による国内不安の解消のためである。アメリカにとっては50年に渡る統治下での英語教育の普及、アメリカ型政治、法治機構の整備などで終戦から今日までアジアにとっては日本と共に最も組し易い国家であったし、フィリピン国民のアメリカ崇拝は他のアジア国の比ではない。
しかし、ブッシュ政権のイラク戦争とテロ対策でとった施策は①情報のコントロール、②テロに関わる資金の移動と資産凍結、③テロリストの国際的ネットワークと移動の捜査・撲滅、等があげられるが、このフィルターを通してフィリピンを捉えてみると、従順な親米国家としての旧来象とは異なる姿がみえてきた。
先ず、国内の経済、政治の分野は中国系フィリピン人で占められ、中国との交流も系譜をもとに拡大しつつある。中国とは南沙諸島(スプラトリー)でベトナム、インドネシアと共に未決の領有権問題を抱えているが、香港には2万人近いメードを送っており、緊張関係と云うより人の交流の面でも接近しつつあるといえる。
テロの分野ではアルカイダと連帯するアブ・サヤフ(イスラム系反政府武装集団)、比共産党(CPP)と新人民軍(NPA)の存在が治安の不安要素と成っている。アメリカ政府は外国テロ組織リストにアブ・サヤフ、CPP、NPAを追加、2002年にはオランダ亡命中のCPP創設者のホセ・M・シソンを「資産凍結対象リスト」に加えた。
ブッシュ大統領からすれば、イスラムのアジアに於ける拡大をフィリピンで是が非でも食い止めたいところだが、再選を果したアロヨ大統領はテロ対策に対してはアメリカと共同歩調と取りながらも、ミンダナオに於けるイスラム問題の解決の観点からイスラム諸国との関係強化を打ち出している。更に、GNPの7%以上に相当する海外労働者からの本国への送金が貴重な外貨獲得源となっているフィリピンにとっては、海外労働者の人権・利益保護は重要な外交政策の柱となっている。イラクでフィリピン人トラック運転手がテロ集団に拉致された際に、自国の派遣部隊を引き上げたアロヨ大統領の判断の背景には、未だ20万人にのぼる外労働者を中東に派遣している事情が大きく影響している。
アロヨ大統領はクリントン大統領と学窓を共にした仲で同大統領時の米比関係は極めて良好であったが、ブッシュ大統領とはあまり馬が会わないのだろうか。亦、ブッシュ大統領には、テロ対策における「資金の移動、テロリストの移動」の網の目にかかるフィリピン人海外労働者の移動・送金ルートの存在は目障りな存在となっているのかもしれない。
何れにせよ、ブッシュ大統領にとっては、イラクの暫定政権から選挙によるイラク政府の樹立までは、一国の支持も失うことは容認できない。といって、フィリピン政府へ直接的に圧力を加えればイスラム系の多いアジア各国からの反発を招く恐れもあると判断したのだろう。ODAの半分以上、海外労働者の本国送金の30%近い額を提供している日本を利用してフィリピンに対して箍を締め直す策にでた。それが、国務省による「人身売買」批判ではないだろうか。改めて記述するが、「米国からの人道的支援以外の支援や非貿易関連の支援差し止めが誘発されることもあり得る」との文面からもその意図が窺える。

イラク戦争で見せたブッシュ政権の戦略は、「情報のコントロール」の面ではアルジャジーラやBBC、更にはNGO等のWEBサイトによる独自報道の台頭で自らの恣意的報道の限界を示した。「テロ資金の捕捉と凍結」は国際的投機基金が世界を自由に駆けめぐる時代に資金を色分けして捕捉することも甚だ困難となっている。「人の移動」に関しては、監視はできても法的裏付けがない限り制限する事は出来ない。これをアメリカの国家権力を背景に強行に押し進めようとすれば、国際社会からの反発を招くだけである。
9.11に端を発したイラク戦争で露出したイスラム原理主義とキリスト教原理主義の対立が、今やアラブ・イスラム社会と欧米社会のみならず世界を巻き込んだ対立・分裂へと拡大する危険性をはらんでいる。パレスチナ問題、ウクライナ政局の動向、北朝鮮問題、イランの核保有問題、等々数えれば限がないが、それらの国際紛争の全てが相互にリンクして各国の外交面に反映される。それが国家間の枠組みの中で処理されている間は抑止力も働くが、国際的テロ組織、巨大な国際的投機資金、更には国際的犯罪集団の国家の枠を超えた暗躍などが分裂に油を注ぎ、混乱を一層混沌としたものにする。
一体この対立・分裂を融合へ導く策は無いものだろうか、2005年も引きつづきイラク動向を中心に国際政治は展開していくことだろう。
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by jpaccess | 2005-01-18 12:51 | 時事ニュース
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